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2002年03月12日 連載企画 ジャパニーズロックバンド史について1(BOφWY)

2001年末、80年代に絶大な人気を誇ったロックバンド BOφWYのデビュー20周年として 過去の音源や映像がリリースされ話題を呼んだ。

特に今回初の映像化となった1987年12月24日 突然の解散宣言を行った 渋谷公会堂でのライブ映像「1224」は ある意味油ののりきった勢いのある演奏、 そしてアンコールでつらそうに解散を発表する氷室京介、それを悲しげに見守る布袋寅泰らメンバー などの状況がわかり、現場に居合わせることができたラッキーな2000人 以外の人にも当時の空気が見事によみがえってくる秀逸な作品である。

さて、2002年3月現在、ロックバンドがあまり元気がないような気もする。
そこで、これから数回にわたってBOφWY以降現代まで、バンドブームを中心とした ジャパニーズロックバンド史について回顧してみようと思う。

その1 BOφWY

ハウンド・ドッグサザンオールスターズといったバンドがようやく頭角をあらわしてきた頃、群馬ではBOφWYとROUGEの2大バンドが登場した。
そして1982年にBOφWYはデビューを果たす。
当時のBOφWYの音楽はパンクロック/ニューウエーブの流れを汲むものであった。そして現在のロックシーンにおいて 当然ともいえる「ライブハウス」での活動「インディーズレーベル」から自主CD制作 という流れの先駆でもあった。
その後、メンバー脱退や事務所設立等で若干のブランクがあったが、その間に ミュージックシーンもREBECCA、聖飢魔U、爆風スランプなどが次々と現れ ロックシーンが活気づいていった。
そんな中今までのパンクロック色とは異なる近未来的なアルバム「JUST A HERO」が発表される。現在ではエレファント・カシマシ、黒夢、GLAYJUDY AND MARYらをプロデュースしたことで有名な佐久間正英氏によるプロデュースである。
このアルバムにおいて布袋寅泰氏の才能は一気に開花する。
今までのロックバンドよりもビートの強調された音楽性、布袋氏の卓越したギターテクニック、そして氷室氏の化粧や髪型などにも代表されるようなかっこいいファッションセンスにも注目が集まる。
その後武道館公演も実現させた勢いを詰め込んだシングル「B-BLUE」、アルバム「BEAT EMOTION」がついにチャート10以内にランクインする。
1987年、シングル「MARIONETTE」、アルバム「PSYCHOPATH」はチャート1位を記録し 名実ともにトップに上り詰める。
アルバム「PSYCHOPATH」は布袋主導の曲と氷室主導の曲がはっきりとわかる作品となり、それゆえ今後のBOφWYの方向をも示唆している作品であった。
そんな中BOφWYは突然の解散を宣言するのであった。

歌謡曲全盛の時代に、コマーシャリズムにのることなく成功し、音楽界に風穴を あけた彼らの功績は大きく、商業ベースにのり製作サイドの言いなりにならなくてもいい作品を提供すれば成功するということを後のロックバンドに知らしめた点は多大な功績である。
(また、そのファッション性は後のビジュアル系バンドに少なからず影響を与えてもいる)

そして音楽業界は第2のBOφWYを求める一台ムーブメントへと向かっていく。
(その2へ続く)

※BOφWY推奨アルバム
初めて聞くなら「LAST GIGS」、オリジナルアルバムなら「BEAT EMOTION」「PSYCHOPATH」



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