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2001年8月26日(1) 10代の代弁者とは(尾崎豊 浜崎あゆみ)

時代や音楽は変わっても10代の若者の心情を吐露した歌詞や生き様で10代から共感を得て支持される歌手はいる。
古くは
尾崎豊。少し前は安室奈美恵。そして現在は浜崎あゆみがそれである。
しかし、時として10代のカリスマというレッテルは自身を苦しめることにもなる。

浜田省吾が21年ぶりにTV出演した。そこで非常に興味深いコメントがあった。
「歌手はステージ上では裸の王様だ。誰かが『王様は裸だ』といえばステージの魔法は 一瞬にして解けてしまう。
しかしなかにはそれをわかっていない歌手がいる。
ステージ上で『俺はよ-』『あたしって-』とかいうのは滑稽に見える。優れたエンターテイナーはそれ(王様であること)を自覚して演じる人である」
といっている。

かつて、尾崎豊のステージで、説教を述べる尾崎に向かって「バーカ」とヤジった人がいた。まさに魔法が解けた瞬間だ。
その後、尾崎は自身が毛嫌いしていた成人となり、大人に反抗する10代の代弁者というレッテルとのギャップに悩み、覚醒剤所持で逮捕される。

でも、僕は知っている。尾崎は10代の代弁者というレッテルと戦っていたのを。
大人となった尾崎の音楽は「もはや10代の代弁者ではない」と歌いつづけていたことを。
彼の遺作「放熱への証」に収められている「太陽の瞳」を聞いてほしい。 「僕は僕と戦うんだ」「誰も知らない僕がいる」と素直に歌っている。
尾崎豊は10代のカリスマという座にあぐらをかいていた王様ではなかった。

「10代のカリスマ」というレッテルは歌手にはやっかいなものだ。そこに「商業」がすりよってくるから。
尾崎は逮捕により、安室奈美恵は結婚・出産による「休業」期間があったため、 商業の対象は新しい人へ移っていったのは幸運だといえるかもしれない。

浜崎あゆみはどうするだろう。休みなく疾走する彼女を見ていると、「休業」期間がないと、商業に飲み込まれていく気がして不安になる。


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2001年8月26日(2) 音楽構造改革

日本の内閣が森内閣から小泉内閣へ変わった。
途端に内閣支持率が10パーセント台から90パーセント台に跳ね上がったというから気味が悪い。

みんな流行るとひとつのものに飛びついていく。それは高校生が「自分は個性がある」といいながらもはたから見れば皆同じファッションを真似ているだけなのと等しい。
数字から見れば森不支持率が小泉支持率にすりかわっただけだから。

さて、横道にそれたが、音楽界も「いい音楽を作るための聖域なき構造改革」が必要なのではなかろうか?
「痛み」をともなうのは、「制作サイド」だ。
制作サイドが「いい作品を作ろう」という気がなく、「100万枚売ろう」などといってる限り、
今は(流行にのっているから)いいとしても、長期的に見るとよい音楽が作れるとは思えない。

聞き手側も「いい音楽がなければ聞かない」くらいの「失業」を覚悟しないといけないのかもしれない。


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