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2000年1月1日 LOVE LOVE あいしてる

フジテレビ系2000年カウントダウン内の1コーナー「めちゃめちゃあいしてる」を見た。
「めちゃめちゃイケてるッ」と「LOVE LOVE あいしてる」を合体させた番組なのだが、 お笑いコンビ「ナインティーナイン」の岡村隆史がコントでマラソンに挑み、
それに対し(?)、さまざまな歌手が登場し激励歌(!)を歌うという設定だった。
ご存知の方も多いかと思うが、「LOVE LOVE あいしてる」を支えているバックバンドの 面々は、吉田拓郎・吉田健をはじめとするそうそうたるメンバ。
あらゆるジャンルの音楽にも柔軟に対応し、コントをも受け入れる懐の深さを見せた。
極言かもしれないが、このバンドに「クレイジーキャッツ」「ティンパンアレイ」の面影を見てしまった。

「クレイジーキャッツ」は植木等・ハナ肇らのコントグループとして有名だが、元は腕利きのジャズ 好きバンド。当時はドリフターズ(あのいかりや長介らがいた)などもみな、バンドをベースにして コントを行っていた。

「ティンパンアレイ」ははっぴいえんど解散後、細野晴臣らが結成した1970年代のサウンドジェクト。
ユーミンらのサポートバンドとして若手育成・ミュージックシーンの発展に尽力した。

まあ、ゲストで来るポールギルバートやメガデスら海外アーティストをバックに歌謡曲を演奏させたり、篠原ともえが失礼なインタビューをするのはどうかと思うが、このまま続いてほしい番組である。
何しろ毎回がスーパーセッション。テレビで終わってしまうのがもったいない音源が多数ある。


2000年1月8日 ゴダイゴ再臨

-- 日刊スポーツ 2000/1/8 より抜粋 --
昨年14年ぶりに再結成したゴダイゴのベーシスト、スティーブ・フォックス(46)が、
オアフ島郊外の自宅で21世紀の「世界進出プラン」を打ち明けた。

ゴダイゴは昨年10月から3カ月の期間限定で復活。全国ツアーなどをこなした後、
先月31日のNHK紅白歌合戦出場で、一応、復活の幕を下ろした。
だが、今月1日にハワイに戻ったスティーブのエンジンは止まらず
「ゴダイゴは予想以上にやれることが分かった。2001年ごろにはまたゴダイゴとして、
大きなテーマを考え、新しいことをやりたい。
例えば米、ヨーロッパツアーなど、ワールドワイドを目指したいんだ」
と世界規模での「再復活」計画を熱く語った。

1976年(昭和51年)にミッキー吉野(48)タケカワユキヒデ(47)ら5人で結成されたゴダイゴは
「ガンダーラ」「モンキーマジック」などのヒット曲を連発し、85年に活動休止した。
スティーブはキリスト教の牧師の仕事を重視するため、80年に脱退。
19年ぶりにゴダイゴの一員として活動し
「最初は不安だったけど最後は自分に『やるじゃない!』と言ってしまったよ(笑い)」。
仙台生まれのスティーブは、15年前からハワイに居住。妻(46)と2人の娘と暮らしている。
スティーブは「『やれる』と分かったからには21世紀に世界を目指すよ」と話した。
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今回再結成されたゴダイゴにふれた方ならわかると思うが、ものすごくクオリティーが高かった。
再結成にありがちな、ただの過去のヒット曲演奏に終始する「同窓会的」なものでなく、現在の 「ゴダイゴ」を見せてもらった。
スティーブが『やれる』と思うのも当然だろうし、聞き手側のれわれもも『やれる』と思った。
浅野孝己なんかはすごいギタープレイがさえていたし。タケが太ったのはご愛嬌だが...。
正式な話ではないが、引き続き活動をしてほしいと思った。
余談だが、ニューアルバムのジャケット帯の裏にサインが入っているのに気づきました?


2000年1月16日 角松敏生NEW ALBUMから「ヴォーカリスト」について(中山美穂・モーニング娘。)

ついに、角松について触れることができ光栄です。
2000年1月19日発売のアルバム「THE GENTLE SEX」は彼が女性シンガーのために書き下ろした曲達のセルフカバー集である。中山美穂に提供したヒット曲「You're my only shinin' star」を聞いて、またまた現在の シンガーたちについて考えてしまった。
角松氏が彼女のプロデュースをし、レコーディングした際、ヴォーカル撮りになかなか「OK」を出さなかったため、彼女は泣きつつも歯を食いしばりくらいついていったという。
恐らく、たいしたミスもなく普通ならとりなおす必要はない程度のものだったと思うが、 角松氏はわざと「OK」を出さなかったらしい。
それまでアイドルとしてただいわれるがまま目の前に「次の新曲だ」と出されたものを歌うだけだった彼女にあえて難題を出し、中山が「なぜOKがでないのか?」を「自分で」考えることをさせ、 「音楽というのは真剣にやらないと、生やさしいものじゃない」ことを教えた。
彼女の曲を年代順に聞くと判るが、この時期を境に音楽的レベル(歌唱力を含む)が飛躍的に向上している。彼女はこの厳しい体験から何かをつかんだようだ。また、短期間でそれをつかむことができた彼女の資質もすばらしい。

さて、現在。つんくプローデュース歌手(モーニング娘。・太陽とシスコムーン etc.)たちはどうか。
「ASAYAN」を見るに、歌い方一つ一つまで彼の指示どうり歌っているようだ。
自分の歌いたい表現方法ですら歌えない。「これはおかしい」と思っても、彼にやれといわれたら 否定しないで従う。なぜならもし、彼の気を損ねてやめさせられても不思議がないから。
もちろん、つんくが未来をみこして、角松のように彼女らに「何か」を吸収させているなら別だが、 すでに約1年以上も経過した今もそうは見られない。
(つんくは、頭の中には楽曲の完成系があり、それが正確に表現されないと納得しないタイプのプロデューサーと思うがそれにしてもそろそろプロとして、いちいち細かく指示を受けなくてもできる頃だと思うが。)
何しろ、自分たちの今後(今年)の活動すら言えないのだから。
シンガーとしてある程度自信があるなら、「一度、好きにやらせてくれ」ぐらいのことを言ってもいいと思う。
もし、つんくが「シャ乱Q の活動を本格再開するから、プロデュース業はしない。」と言い、彼女らが 突然「つんくプロデュース」という肩書きが外れ、「いち歌手」として世に出た際、果たしてどうなるか??

以前にその例があったことを皆さんご存知でしょう。小室哲哉プロデュース。
「私は一生小室さんについていきます」とべったりだった人。
華原朋美
いろいろあって小室氏の元を離れ、今も頑張ってはいるが、以前のヒット曲を連発していた頃の勢いはなく、どちらかというと「ワイドショー」先行タイプになってしまった。

対して、同じく小室哲哉プロデュースだったhitomi
当時から「小室さんにプロデュースしてもらわなくても大丈夫だよ」「表現者になりたい」とインタビューで語っていた通り、今では作曲もこなしている。
「candy girl」あたりでは「コギャルの教祖」的扱いだったのに、そこにとどまることに甘んじず、すごいスピードで成長していった。

ひとりのプロデューサーにお任せでなすがままよりは、いろいろな人から吸収していったほうがいい。
自分に自信があれば、「誰々プロデュース」などと言う肩書きがあろうがなかろうが関係ない。


2000年1月30日 RESPECT R&B

今はやりのR&B(リズムアンドブルース)について少々。
現在、何人かの女性シンガーがR&B の影響をもろ出しにした曲で人気を博している。
でも、全然斬新とも新しくも感じない。
「RESPECT」というキーワードの元、本場黒人シンガーに敬意を表しているがちょっと待ってほしい。
なぜなら、まだ日本にR&B というジャンルが広く流布していなかった頃、何とかこのジャンルを 根づかせようと日本的エッセンスを盛り込むことで、人々に知らしめた「吉田美奈子」「柳ジョージ」 。
そしてその世代を引き継ぎ、よりポップにアピールした「大沢誉志幸」「鈴木雅之」「久保田利伸」 。
彼らの方がR&Bを「そのまま」コピーしただけでなく、独自のエッセンスが盛りこめられていて 斬新だった。
本当に、敬意を表すべきは、今彼女らが何の苦労もなくR&Bを歌える土台を作った日本の「先代」達 ではないだろうか?
先代達がジャンルを開拓してくれなければ、今気楽に歌えていないのだから....

追記
ニューオリンズのガンボミュージックを教えてくれた「BO GUMBOS」 の元ボーカル どんと氏の冥福をお祈りします


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