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1999年9月7日 ショートコラム連発(ゴダイゴ・忌野清志郎・モーニング娘。・槇原敬之)

ゴダイゴ再結成
ゴダイゴが再結成する。世紀末を前に再結成するのが彼ららしい。
そもそも、ゴダイゴが「時代・世紀」を意識した文学的コンセプトをもった バンドのはしりだった。

それだけに、他のバンドの再結成のような「同窓会」的再結成ではなく、 「現代」を意識した革新的音楽を発表してほしい。

多分、ミッキー吉野氏はその辺わかっていると思う。

数年前、彼の復帰後一度「ザ・ベストテン スペシャル」で再結成した際、 ヒット曲は一切やらなかったし。

ともかく、ゴダイゴは要チェック。
忌野清志郎の君が代
忌野清志郎率いる「リトル・スクリーミング・レビュー」がパンクロック調アレンジの「君が代」を、 アルバム「冬の十字架」に収録することに対し、契約レコード会社が難色を示し、発売中止となった。

清志郎にとっては1988年、RCサクセションのアルバム「COVERS」で原発批判を行った際、契約レコード会社が発売中止としたのに続いて2度目である。 (参考
1988年表) しかし、両者の意味は全く異なる。
前回は、エルビス・プレスリーの「ラブ・ミー・テンダー」の詩を日本語訳し、そこに原発批判を 盛り込んだいわば「言葉」の問題だった。
対して今回は、歌詞はそのままで曲調をかえた「サウンド」の問題。

言葉に不適切があって問題となるならまだしも、
(*注 清志郎の「ラブ・ミー・テンダー」は言葉に不適切な表現は全くなかった。一言でいうと、発売元が原発推進派だったため発売中止となった。)
サウンドが不適切なことがあるのだろうか?
遠藤ミチロウ(スターリン)の「仰げば尊し」のような名曲だってあるし。

例え同じ原曲でも、表現する人によってあらわされるサウンドは、必ず全く同一とはならない。
その「解釈」を聞き手は楽しむのである。
現状、言葉に規制は未だあるが、サウンドに規制などない。(超音波・催眠は別だが..。)
国歌法論争を背景にサウンドを規制するのは神経過敏な拡大解釈といえないか?
レコード会社には、誇りを持ち毅然とした態度をとってほしい。
他からの弾圧があったならまだしも、自主規制とは情けなさ過ぎる。
モーニング娘。
「どーしよーもなくいい」曲がでてしまった。「ラブマシーン」。これは反則でしょう。
普通のアーティストには歌えない。こんな時代に「元気づけようと」みんな言葉を選んで 曲を書いているのに。
それを「みんなも、しゃちょさんも」って。ストレートすぎ。でも、これが彼女らの持ち味か?
でも、彼女達は「ASAYAN ロックボーカリストオーディション」に募集してたロック志望のはず....。
槇原敬之
マッキーが逮捕された。以外だった。
作品から、特に苦悩はうかがえなかった。色々性癖が噂されているが、どうでもいい。個人の問題だ。 ただ、それすら作風にもうかがえなかったのはショックだった。あの歌は虚偽なのか?
一番納得できないのは、レコードがショップから引き上げられたこと・ファンクラブが自主解散しようとしていること。

「社会の影響を考え、ショップからCD を引き上げる」というが、いまこそ彼の曲を聞き返して見るべきではないだろうか? はたして彼の曲を聞いて影響され麻薬に手を出す人がいるだろうか? 彼の曲は麻薬を賛美したり推奨したりしていたであろうか?

少なくとも「尾崎」のときわれわれリスナーは、彼の曲を何度も何度も聞き返し、意見を出した。
そしてそれが「欠くした1/2」という一冊の本になった。そして彼を信じ待ちつづけた。
それなのにファンクラブが自主解散とはどういうことか?
罪は罪。償わねばならない。しかし、それを見守る優しさを周囲は持ち合わせねばならない。

友人が逮捕された。出所後「もう友達じゃない」では、真の友情はなかったということだ。
マッキーファンはみんなそうなのだろうか?
『どんなときも。』槇原は槇原であることに変わりはない。真のファンなら例え仮に彼が復帰できたとして、その音楽性が全く変わっても支持するものではないだろうか?



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