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1999年4月12日 歌はやっぱり聴くものだ

いまさらだけど、カラオケが相変わらず繁栄している。
まあ、ストレスのはけ口やレジャーとして利用するのはいいんだけど。
カラオケが流行してから音楽の位置づけが変わった気がする。
純粋に音楽を聴く人より、カラオケで歌う曲を覚えるためだけに
CDを買う人の方が圧倒的に増えたと思いません?
結果、覚えては次の曲、次の曲とどんどん音楽が「消費」されていって、1曲の寿命が短くなってしまった。
もともと、音楽を通じて伝えたいことなんて無く、生活できる収入がほしいだけの歌手にとっては
出せば売れ出せば売れの、まさに稼ぎ時の時代到来である。
逆に、音楽を通じて伝えたいことを表現し、聞き手に共感を求めるタイプの誠実な歌手にとっては
同じ「音楽」として扱われるのは、大変不本意な時代の到来となってしまった。
音楽をあまり聞かない人も、ちょっと考えてほしい。
あなたが読書好きなら、その作者の著作から作者の思想を理解し、あるときはその考えに影響されたりしますよね?
あるいは、人の話を聞いてその人の考えに共感したり尊敬したりしますよね?
音楽もそれと同類。ただ、表現方法が違うだけと考えたら?
当然、意味の無い音楽や、何も考えてない人の音楽は退屈だと思う。
(逆にそういう人は自分でもわかってるから次々と飽きられる前に新曲を出してくるものだ)
もちろん、誰か出会った人をすぐに全て理解するのは難しいのと同様、音楽もすぐ作者の真意を理解できるとは限らない。
でも伝えたいことが理解される前に、聞き手が別の曲を聞いてたら真意は理解されない。
今、理解できなくても、後々に自分の身辺に起こったことと照らし合わせてみてはじめて理解できることもある。
あるいは、理解してみると作り手の今まで見えなかった意外な一面がうかがえたりする。
だから、簡単に見限ってはいけない気がする。
作り手は、1曲入魂で納得のいくものができるまで何年かけても納得のいくものができるまで作る。
聞き手も、それだけ丹精こめて作られた曲ならばと大事に聞く。
そんな関係もあっていい気がする。
音楽をあまり聞かない人もそんな観点から、たとえそれが「今ハヤリ」の曲でなくてもいいから
探してみたらきっといい曲に出会えると思う。


1999年4月25日 ビジュアル系?

注 今回は少し辛口です。
4月25日、日刊スポーツにて以下の記事を目にした。
<抜粋>
 人気ロックバンドのラルク・アン・シエルが、
音楽番組の公開収録中に司会者の発言に激怒して収録を途中でキャンセルしたことが24日、分かった。
この番組は19日に東京・渋谷のNHKホールで収録が行われた同局音楽番組「ポップジャム」。
ラルクは2曲演奏する予定だったが、1曲目を終えた後、突然帰ってしまった。
司会のお笑いコンビ爆笑問題の太田光(33)が、ラルクを紹介する際「ビジュアル系」と呼んだことに怒っての行動だという。

 ラルクはこれまで所属事務所を通じて「ビジュアル系」という言葉を使わないよう、マスコミに対し再三要請していた。
この日も、ラルクと担当ディレクターらは収録直前にトークの内容について打ち合わせをしたが、アドリブを売りにする爆笑問題はその場に参加していなかったという。
<抜粋ここまで>

同感の人も多いと思うが、へー。ラルクってビジュアル系じゃなかったんだ。
もしくは、ビジュアル系と呼ばれるのがいやなんだ?。が、第一印象。
まあ、ビジュアル系と呼ばれる人たちの音楽は、音楽で勝負できないからファッションで売っているのが大半だから
そうでないラルクが否定したがる気持ちはわかるけど。
でも、ロックには一種ファッション的要素が含まれているから(古くはT-REX,デビットボウイ、ブラックサバス、ガンズだってそう)、
ビジュアル系と間違われても仕方ないんじゃない。それがいやなら公務員ファッションででもロックするしかない。
きっと、GLAYなんかは、ビジュアル系と呼ばれようが、歌謡曲と呼ばれようがお構いなしだと思う。
なぜなら、自分たちの音楽に揺るぎ無い自身があるから。他人の評価は二次的にすぎない。
周りがなんと言おうがいいんだよ。ラルクはラルクである限り何にも変わらないんだから。
しかも、「所属事務所を通じて「ビジュアル系」という言葉を使わないよう、マスコミに対し再三要請していた。 」
なんて、若い中高生が「わたしって、コーヒー好きじゃないですか〜?」などと、相手に一方的に同意を押し付ける
「ぢゃないですか節」と何ら変わらない。
マスコミに要請などせず、ラルクの歌で、そんな誤った評価は吹き飛ばしてしまえ。
そう言えば、昔もっとひどい例があった。ちょうどテレビからベスト10番組が衰退し始めた頃
長渕剛が、「1曲歌ったくらいでは自分が伝わらない」と突如出演を拒否しだした。
それまで、歌にドラマにテレビ出でまくっていたのに、である。
きっと、小田和正やユーミンなんかがテレビをリジェクトするのがカッコよくてまねしたかったんだろうねえ。
しかし、「1曲歌っただけで伝わらない」とはいかに?
シングル盤はいらないということでしょうか?
昔から、ポップスは「3分間の魔法の箱」といって、ラジオでいかに3分で自分を表現できるかと、
シングルに命をかけてたものだ。
敢えて言うなら、「3分1曲ですら自分を表現できない人に、何が表現できようか?」といったところ。
そういえば、長渕はNHK紅白歌合戦で、念願(!?)の、ベルリンから3曲ぶっ通しをやったけど、
何も伝わらなかった。伝わったのは、「こっちはタコばっかりですわ」という爆弾発言だけ。
さらに、たたみかけると、彼はその後逮捕されたけど、歌から薬物に手を出さなければならないほどの
苦悩は伝わってこなかった。
奇しくも、今日が命日である尾崎豊は、歌から痛々しいまでの苦悩が伝わってきていた。
もちろん、薬物は絶対許されないが、尾崎の場合、ある種の納得はできた。
やっぱりミュージシャンは、ファッションでもなく、饒舌でもなく、音楽で表現してほしい。


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